字が書けなくても考えられる

 

「考える力を育てるためには、読解力を高めるためには ”漢字力”、”語彙力” です。」と、漢字検定や漢字の学習をすすめる方がいますが、じつは、字など書けなくても人間は考えることが出来ます。(当たり前と言えば当たり前ですが、そこに気がつかない人が多いんです)

 

<S6級-06>★

兎のぴょん助がジュース屋さんで働いています。

3本の人参から2杯のジュースが作れるそうです。

今日はジュースが8杯売れました。

全部で何本の人参を使ったでしょうか。

 

上の問題は次男が年長の8月にやった問題です。

読んであげましたが、何も難しい言葉は使われていません。

 

2つ目の文章まで絵にしたら力尽き(左ページ)、翌日残り(右ページ)をやりました(笑)

 

学校の勉強は先取りさせていませんし、字も聞かれたときに教える程度。

平仮名、片仮名まで読むことは出来ましたが、書くことは出来ませんでした。

 

もちろん算数の計算式など知りません。

もしこの問題を式で解こうとすると、

 

8÷2=4 、 3×4=12  

 

となりますが、立てられるはずはありません。

 

字も書けない、計算式も立てられない、それでも考えることは出来るのです。

 

(逆に、かけ算もわり算も習った子たち(学校だと小学3年生でわり算まで習います)の多くが、この問題を「わからない」というでしょう。)

 

 

なぜなら、

 

”考えるとは、言葉から再現した視覚イメージを操作すること”  

 

 

だからです。 動画はこちら

 

このどんぐり倶楽部の理論を知っているだけで、子どもたちが長時間勉強させられているのに学力が上がらない理由が簡単にわかります。

 

多くの子は文章問題をまず式から立てようとしますので、式がたたないと「わからない」になります。

 

「良く考えなさい」と言われても「考える具体的な方法」を教わっていないので、何度も問題文を読む、声に出して読む、問題文をにらむ、考えている風に少し上を見上げる、という行動をとります。

 

いくら知識を増やしても考える力はつかないのです。

 

いくら計算問題やパターンの決まった文章問題をたくさん解かせても、考える力はつかないのです。

 

わからない文章問題の解き方(考え方)を教えても、それはパターンを覚えるだけなので考える力がついたわけではないのです。

 

がむしゃらに計算ドリルや漢字ドリル、教科書の音読をさせても、考える力は全く育たないのです。

 

音読は、ゆっくりと言葉から視覚イメージを再現しながら読めば読解力はあがります。

しかし、スラスラ素早く読む練習をすると、逆に読解できなくなっていきます。

 

言葉から視覚イメージを再現しない練習をしていることになるからです。

 

小学生の間は漢字を沢山書けるようにするよりも、イメージできない語彙を沢山詰め込むよりも、今持っている知識を使って ”深く考える” 練習をしたほうが、後伸びする子になるのでおすすめです。